0.2 主要な概念の解説

本節では、本研究で使用する主要な概念について説明する。また、細かい下位概念については対応する各章節で説明することにする。

0.2.1 日中同形語

日中同形語に関する最も代表的な研究、大河内(1992)[1]によれば、日中同形語というのは単純に同じ漢字で表記される語ではない。単に表記面から考えれば、日中両言語が漢字を表記に利用する限り、「一」、「二」、「三」、「大」、「小」、「山」、「人」等、一字で音訓のいずれにも使われるものは全部日中同形語のカテゴリーに入れられる。しかし、日中同形語と捉えるかどうかは単に表記の問題ではなく、語構成の面も考えなければならない。

同氏によれば、「文化,経済,克服,普通」のような二字(ときには三字以上)の字音語[2]で、表記のみならず語構成にも共通性があり、しかも歴史的に借用関係[3]が存在するものが日中同形語である。また、同形語といっても字体が全く同じとは限らない。例えば、「経済」と「经济」、「緊張」と「紧张」のように、字体に差異がある場合は中国語の簡体字をもとの繁体字に戻して同形語と見なす。

しかし、同じく代表的な研究である荒川(1979)、何・馮(1986)、施・許(2014)などでは、日中同形語を音読語に限定する必要はないとしている。筆者もこの観点に賛成するが、数多くの量的研究(曽根(1988)、王(2001)など)によると、日中同形語の中では、二字同形語が圧倒的に多く、二字同形語はほぼすべて音読語である。そこで、本研究では、二字同形音読語を中心に考察することにする。

0.2.2 二重誤用

日本語に日中同形語がたくさん存在することは中国人日本語学習者にとっては、良い面もあれば悪い面もある。良い面は中国語の漢字語と意味や用法が同じ同形語に出会った際に、母語の正の転移により、すぐにそれらの語の意味と用法を身に付けられることである。それに対し、悪い面は中国語の漢字語と意味や用法が異なる同形語を使用する際に、母語の負の転移により、それらの語を誤用しやすいことである。中国人日本語学習者に見られる意味、品詞の誤用には、「①意味の誤用、②品詞の誤用、③意味と品詞における二重誤用」という3種類があり、この3種類の誤用はそれぞれ以下の場合に生じやすいと考えられる。

表1 中国人日本語学習者に見られる日中同形語の意味、品詞の誤用

本研究では、表1の③を対象に、日中同形語の二重誤用の実態を把握した上で、誤用が生じた原因及び誤用防止対策を検討していきたい。また、実際に「経済を発展する」、「会社を成立する」のような自他動詞の誤用は品詞レベル以下の誤用であるが、中国人日本語母語話者においては非常によく見られる誤用であるため、品詞の誤用に関する先行研究ではほとんどそれらを品詞レベルの誤用として扱っている。従って、本研究でも同様に自他動詞の誤用を品詞レベルの誤用と見なすことにする。

0.2.3 定着度

本研究で用いる「定着度」とは、「認知度・理解度・使用率」を総合的に指し示すものである。以下は、「認知度」、「理解度」、「使用率」の意味及びそれぞれに設けた段階区分を示す。

① 認知度→その日中同形語を見聞きしたことがあるかどうか。

aよく見聞きする

bあまり見聞きしたことがない

c全く見聞きしたことがない

② 理解度→その日中同形語の意味が分かるかどうか。

aよくわかる

bあまりわからない

c全くわからない

③ 使用率→その日中同形語をどのくらい頻繁に使うか。

aよく使う

bあまり使わない

c全く使わない

[1] 大河内康憲(1992)「日本語と中国語の同形語」『日本語と中国語の対照研究論文集』下,411頁-413頁,くろしお出版。

[2] 日本語における漢語とは、語種のうち比較的古い時代に中国語から借用された漢字の字音を元にした語彙体系である。漢字の音読みと対応する語彙体系であるので字音語と称することもある。固有語である「和語」、漢語以外の借用語である「外来語(洋語)」と対立する概念である(http://www.weblio.jp/content/%E5%AD%97%E9%9F%B3%E8%AA%9E)。

[3] 幕末明治初期に、日本は古典中国語の既存語に新しい意味を賦与することにより、大量の和製漢語を創った。のちにこれらの和製漢語は中国に逆輸入され、定着した。従って、日中同形語の存在は日中語彙間の借用関係によるものであると主張する説もある。