はじめに

この本では日本企業の成果主義賃金制度改革に焦点を当てて、成果主義賃金と働く人のモチベーションとの関わりを明らかにしてみたいと思う。

日本企業の成果主義賃金制度改革を考察する動機はもともと日本的経営への関心から始まったのである。周知のように、日本経済の好況の時代では日本的経営は欧米をはじめとする各国の学者に賞賛され、日本経済の高度成長の一因と認められた。その中で日本的人事管理を代表した終身雇用、年功序列、企業別組合は三種の神器とさえ呼ばれているようになった。しかし、1990年代に入り、バブル経済崩壊後、日本経済の長引く不況に伴って「日本に学べ」という熱意が冷めてきたため、日本においても日本的経営、特に年功序列の人事賃金処遇制度に対する批判が強かった。一方、日本の企業側を見ても、年功主義賃金に対する見直しをしようとする動きも非常に強かった。1990年代の始め頃から大企業をはじめ、成果主義賃金制度を導入した企業は決して少数ではなかった。しかも、成果主義賃金の導入は管理職から組合員層へと拡大されてきた。実際、年功による賃金に対する見直しは1960年代日経連が提唱した能力主義人事管理のもとですでに始まった。だが、能力主義だといっても、結局、年功的色彩の濃い能力主義賃金として運用されてきたと言われた。すると、現在行われている成果主義賃金制度改革は従来の年功主義賃金制度から完全に脱皮することができるかについては、非常に興味深い研究課題であると思う。

その問題に関わる課題として、成果主義賃金制度と従来の年功賃金制度との違い、成果主義賃金の有効性をはっきりさせておかなくてはならないと思う。そこで、本書で日本企業の成果主義賃金制度改革の内容、特に賃金項目の構成の変化から成果主義賃金と年功主義賃金との違いを捉えようとする。そして、成果主義賃金の有効性に関して、成果主義賃金は働く人を動機付けるかどうかに重点をおきたいと思う。なぜかと言えば、賃金制度は人的資源管理制度の一環として、合理的な賃金制度なら働く人へのインセンティブとなり、働く意欲を高めるはずであると思う。逆に言えば、働く人が動機付けられたかどうかということも、働く人が成果主義賃金を受け入れたかどうかに関わっている。成果主義賃金制度は働く人に受容されないとすれば、取り入れられる必要もなかろう。日本企業において成果主義賃金処遇体系を導入した狙いも成果主義賃金で働く意欲を高め個人の貢献を大きく出すためである。成果主義賃金制度改革が経営者の期待どおりに、インセンティブ的機能が果たしたかどうかは働く人の勤労意識をみて検証することができるにちがいない。

日本企業の成果主義制度改革を考察する意義はそれだけではない。成果主義賃金制度そのものに対する研究は合理的な報酬制度に関するものとして非常に重要な課題であると思う。成果主義賃金制度を導入するのは日本企業だけではなく、世界でも普及された傾向が見られる。成果主義賃金を代表する業績による賃金は1980年代からアメリカ企業で導入されてきたのである。中国では改革開放以後、賃金制度は以前と比べて大きく変わってきたが、つい近年、外資企業、合弁企業の賃金制度に影響を与えられつつある国有企業、公的研究機構においては抜本的な賃金制度改革も成果主義賃金制度の形をとったように思われる。したがって、日本企業の成果主義賃金制度改革に対する考察から得る経験と教訓には成果主義賃金を取り入れたすべての企業に多かれ少なかれ役に立つものがあるに違いないと思う。そこに研究の意義もあり、中国の制度にとっても、なんらかの示唆が得られれば、幸いと思う。

なお、本研究の研究対象を日本の大企業の賃金制度にする。日本の大企業にするのは日本で企業規模によって賃金制度が違い、大企業のほうが年功序列の特徴がよりはっきり見られたからである。そして、大企業の賃金制度は中小企業にとっての手本であるため、大企業の改革の特徴を捉えたら、中小企業の改革の様子を覗くことができるであろう。

日本企業の賃金制度改革は成果主義人事制度改革の一分野である。そして、賃金制度に関わったものが多いため、一々研究する余裕はないので、ここでは賃金制度における個別賃金の決定方式を中心に考察してみようと思う。具体的には賃金決定の基準を反映した基本給の構成項目に焦点をあてようとする。勿論基本給のほかに、成果主義賃金の重要な項目である賞与も考察の対象として考える。

日本企業の賃金制度に関する考察では比較方法を用いたいと思う。主に、年功主義賃金と成果主義賃金との比較、ケーススタディとする企業間の比較を通して、成果主義賃金制度の特徴をはっきりさせようとする。働く人のモチベーションに関する考察は主に日本で公開された調査データ―を使って分析してみたい。調査データ―の主なソースは日本労働政策研究·研修機構が行った調査を使用する。というのは調査機構の信用、調査規模の大きさ、サンプルの数量および調査の方法、どの面から見てもその調査結果は根拠として信用できると思うからである。

この本は以下の順序で考察していくことにする。第1章では、主に賃金の仕組み、動機付け理論及び賃金とモチベーションとの関わりに関して考察する。第2章では日本企業の賃金体系の変遷を考察してみる。主に年功主義賃金から成果主義賃金へと変わった賃金項目の変化を捉えて、成果主義賃金の特徴を明らかにさせたい。第3章ではケーススタディとしてケース企業の賃金制度改革を考察する。二社の企業の賃金制度を比較して日本企業の成果主義賃金制度改革の問題をいかに解決したらいいかについて考えてみる。第4章では成果主義賃金のインセンティブ機能を分析し、成果主義賃金制度改革は働く人のモチベーションを高めるのに機能が果たせるかどうかを考察してみたいと思う。