- 中日同形词双重误用研究
- 王灿娟
- 6226字
- 2021-04-04 10:20:41
1.1 先行研究に対する分類
筆者の調査によれば、日中同形語に関する研究は、日本と中国でほぼ同じ時期(1970年代)から始まったようである。これらの研究をその研究目的と性質によって大別すれば、以下の2種類に分けられる。
① 概説的、総合的な研究
② 誤用研究
次に、この2種類の研究の中で、日中同形語の意味または品詞に触れた研究を順次紹介していく。
1.1.1 概説的、総合的な研究
この類の研究は主に巨視的視点から日中同形語の特徴及び日中両言語間の異同を取りまとめるものである。これは日中同形語の研究の早期段階においてよく見られる研究である。代表的なものとして、趙(1983)、大河内(1992)、潘(1995)、柳(1997a,1997b)などが挙げられる。近年の代表的なものは何(2012)、施・洪(2013)などである。それ以外に、文献調査で日中同形語を抽出した上で、分類、集計を行う研究もある。その分類方法は、以下の2種類に大別できる。
1.1.1.1 意味の異同による分類
この類の研究は主に日中の各辞書に基づき、日中同形語をその日本語の意味と中国語の意味の異同によって分類、集計するものである。代表的なものとしては、文化庁(1978)、曽根(1988)、橘(1994)、曲(1995)と王(2001)が挙げられる。以下、この5つを年代順に概観していく。
① 文化庁(1978)
1978年に文化庁によって出版された『中国語と対応する漢語』において、まず下記3種類の初級・中級の教科書(計10冊)の中から漢字音読語を2000語抽出した。
a 早稲田大学語学教育研究所編『外国学生用日本語教科書』初級・中級(計2冊)
b 国際基督教大学編『Modern Japanese for University Students』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(計3冊)
c 長沼直兄編『標準日本語読本』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ(計5冊)
そして、抽出した漢字音読語を以下の4種類に分けた。
Same(S)日中両国語における意味が同じか、または、きわめて近いもの。
Overlap(O)日中両国語における意味が一部重なっているが、両者の間にずれのあるもの。
Different(D)日中両国語における意味が著しく異なるもの。
Nothing(N)日本語の漢語と同じ漢字語が中国語に存在しないもの。
厳密に言えば、文化庁(1978)は日中同形語の先行研究ではなく、漢字語の先行研究である。しかし、4種類の中のS型、O型、D型は日中同形語という言葉を使っていないが、中国語と対応する漢語であるので、実質的には日中同形語である。また、集計した結果、S型の語が最も多く、全体の2/3を占めていた。N型の語はそれに次ぎ、約1/4を占めていた。O型とD型の語は数が少なく、合計しても1/10にも達していなかった。最も数が少ないタイプはD型であった。
今までの日中同形語の研究はほぼ全て上記の分類基準を参考にして新しい分類を行っているので、文化庁(1978)は日中同形語の意味分類に関する研究の始祖とも言えるであろう。
② 曽根(1988)
曽根(1988)の『日中同形語に関する基礎的考察』では、『現代漢語頻率詞典』(北京語言学院語言研究所編,北京語言学院出版社,1986)の『頻率最高的前8000個詞詞表(使用頻度が最も高い8000語)』(実際の語数は8441語)の中から、使用頻度の高い順に漢字語1000語を選出し、更にその中から日中同形語を313語(うち二字同形語が309語)を抽出して以下のように分類している。
S(same):意味が全く同じか、かなり近いもの。
D(different):中国語の意味と日本語の意味が全く異なるもの。
SD(same&different):中国語と日本語の意味に同じ部分もあれば、異なる部分もあるもの。
上記のSD型は文化庁(1978)のO型に相当するものであるので、氏の集計の内訳を下表にまとめてみた。
表2 曽根(1988)の集計の内訳
③ 橘(1994)
橘(1994)の『現代中国語における中日同形語の占める割合』では、『漢語水平詞彙与漢字等級大綱』(北京語言学院語言研究所編,北京語言学院出版社,1992)の8822語(連語も含む)から日中同形語を4683語抽出し、意味の異同により以下の5種類に分類している。
a 日中両国語の意味が一致する型。
b 共通する意味以外に、日本語に他の意味がある型。
c 共通する意味以外に、中国語に他の意味がある型。
d 共通する意味以外に、日中両国語にそれぞれ他の意味がある型。
e 日中両国語に共通する意味がない型。
上記のa型は文化庁(1978)のS型に、b型~d型は同研究のO型に、e型は同研究のD型にそれぞれ相当するものであるので、氏の集計の内訳を下表にまとめてみた。
表3 橘(1994)の集計の内訳
④ 曲(1995)
曲(1995)の『中日同形語的比較研究』(中日同形語の比較研究)では、『日本語教育基本語彙七種比較対照表』(国立国語研究所編,大蔵省印刷局,1982)から二字同形音読語を2063語抽出し、意味の異同により以下の3種類に分類している。
a意味がほぼ同じ
b意味が部分的に重なる
c意味が完全に異なる
上記のa型は文化庁(1978)のS型に、b型は同研究のO型に、c型は同研究のD型にそれぞれ相当することから、氏の集計の内訳を下表にまとめてみた。
表4 曲(1995)の集計の内訳(二字同形音読語対象)
⑤ 王(2001)
王(2001)の『日中語彙の対照的研究』では、『現代国語辞典』(山田俊雄他編,新潮社,1995)を対象に、漢字語34997語(うち二字以上の漢字語31797語)を抽出した。これらの漢字語に対する集計を行った結果、日中同形語は16226語あり、漢字語全体の46.3%を占めており、二字以上の同形語は13026語あり、二字以上の漢字語の全体の41.0%を占めているという結論を得た。氏も抽出した同形語を、意味により分類したが、その分類法は文化庁(1978)の分類基準に従って行っている。
Same(S)意味の同じ或いは近い語
Overlap(O)意味の部分的に重なる語
Different(D)意味の異なる語
さらに、O型を「1両国語における意味の一部が重なっているが、日本語にほかの意味があるもの;2両国語における意味が一部重なっているが、中国語にほかの意味があるもの;3両国語における意味が一部重なっているが、それぞれほかの意味があるもの」と下位分類している。
氏の分類方法と集計の内訳を以下の図1と表5にまとめてみた。
図1 王(2001)の分類方法
表5 王(2001)の集計の内訳(二字以上の同形語対象)
上記の文化庁(1978)、曽根(1988)、橘(1994)、曲(1995)、王(2001)を見て分かるように、5氏が使用した文献と語数はそれぞれ異なっているが、日中同形語の中ではS型の語数が最も多く、D型の語数が最も少ないという結果は同じである。また、各先行研究の日中同形語に対する分類方法は大同小異で、ほとんど文化庁(1978)の分類基準に基づいたものであり、その中では、王(2001)の分類方法が比較的分かり易いと考えられる。
1.1.1.2 意味分野による分類
この類の研究は主に日中の各辞書や語彙表に基づき、抽出した日中同形語についてその意味分野により分類と集計を行っている。代表的なものとしては、王(1999)と林(2002)が挙げられる。以下、この2つの研究を概観していく。
① 王(1999)
王(1999)の『日本語の語彙体系における同形語』では、『現代国語辞典』(山田俊雄他編,新潮社,1995)に収録された77000語の単語から日中同形語16226語を抽出し、『類語国語辞典』(大野晋他編・角川書店・1990)の分類方法に従って、まず「A自然、B人事、C文化」と大別し、その下にまた「0自然、1性状、2変動、3行動、4心情、5、人物、6性向、7社会、8学芸、9物品」と下位分類し、更にその下に「00天文、01暦日、02気象……99機械」と合計100個の意味分野を設けている。集計の結果により、時間分野の日中同形語は346語あり、最も多いのに対し、芸能分野の日中同形語はわずか33語しかなく、最も少ないことが分かった。
② 林(2002)
林(2002)の『日本語語彙からみた日中同形語の構造およびその特色』では、『分類語彙表』(国立国語研究所編,秀英出版,1964)に収録された32600語の中から日中同形語11687語を抽出し、同語彙表の分類基準に従い、品詞と意味における二重分類を行っている。すなわち、まず抽出した日中同形語を品詞により「1名詞の仲間(体の類)、2動詞の仲間(用の類)、3形容詞の仲間(相の類)、4その他の仲間」と大別し、それぞれの下に更に意味により「a抽象的関係(人間や自然のあり方の枠組み)、b人間活動の主体、c人間活動―精神及び行為、d人間活動の生産物―結果及び用具、e自然―自然物及び自然現象」と下位分類している。集計の結果を品詞別に見れば、日中同形語がない「2用の類」を除き、「1体の類」の日中同形語は39.63%で最も多く、「4その他」は3.28%で最も少ない。また、意味別に見れば、日中同形語がない「3相の類」の「b人間活動の主体」と「d人間活動の生産物」を除き、「1体の類」の「a抽象的関係」の日中同形語は46.11%で最も多く、「3相の類」の「e自然」は21.55%で最も少ない。
1.1.2 誤用研究
1.1.1を見て分かるように、各先行研究の日中同形語に対する分類方法は大同小異で、ほとんど文化庁(1978)の分類基準を用いている。そして、林(2002)を除き、ほとんどの研究は日中同形語の意味の対照と意味による分類にとどまっており、品詞については触れていないようである。概説的な研究のこの不足を補ったのは中国人日本語学習者を対象とする誤用研究[1]である。
この類の研究は意味と品詞の両方を含んでいるので、意味の対照・誤用研究と品詞の対照・誤用研究に大別できる。次に、この2種類の研究を概略的に見ていく。
1.1.2.1 意味の対照・誤用研究
意味の対照・誤用研究は数多くあるが、研究成果の形態で分ければ、論文類と辞書類に大別できる。次にこの2種類の先行研究の代表的なものを見ていく。
① 論文類
論文類の研究を更に細かく分類すれば、「総論的な研究」と「特定の単語に対する研究」に分けられる。
a 総論的な研究
この類の研究は主に日中両言語間の意味の異同により同形語を分類した上で、まず巨視的視点から中国人日本語学習者における意味の誤用が生じた原因を分析し、それから誤用例を複数取り上げてそれぞれの具体的な誤用原因を分析し、誤用防止策を提示している。代表的なものは河住(2005)と高(2010)などが挙げられる。誤用例の出所については、高(2010)は主に先行研究に出ている誤用例を取りまとめて分析しているのに対し、河住(2005)が使用した誤用例は主に小規模な「中国人日本語学習者(学習暦が3か月から3年まで)作文コーパス」から抽出したものである。また、日中同形語に対する分類については、両氏共に1.1.1.1の各先行研究と異なり、「Ⅰ同形同義語、Ⅱ同形類義語、Ⅲ同形異義語」の3種類に分けられている。
b 特定の単語に対する研究
この類の研究は主に比較的誤用されやすい特定の日中同形語に関する誤用分析である。代表的なものは陳(2009)と王(2011)などが挙げられる。陳(2009)は主にマインドマップ調査と意味分類により、「先生」という日中同形語の意味機能を明らかにした。それに対し、王(2011)は主に文献調査と教育現場調査により、「工作」という日中同形語の意味形成と誤用実態を考察した。
② 辞書類
上記の①の「a総論的な研究」の河住(2005)、高(2010)の分類基準に従って、日中同形語を「Ⅰ同形同義語、Ⅱ同形類義語、Ⅲ同形異義語」と3分類すれば、最も誤用されやすいのは同形異義語に違いない。辞書類研究の目的は主に同形異義語の誤用を防ぐことであり、その成果は日中両国で出版された各種の日中同形異義語辞典にある。代表的なものとして張(1987)、上野・魯(1995)、王・王(1995)、黄・林(2004)、張(2004)、秦(2005)、王・小玉・許(2007)、郭・磯部・谷内(2011)が挙げられる。これらの日中同形異義語辞典の見出しはほとんど日本語の意味と中国語の意味を分けて述べた上で、常用連語か例文をいくつか取り上げた形式である。
1.1.2.2 品詞の対照・誤用研究
品詞の対照・誤用研究はほとんどすべて論文類であるが、それを更に細かく分類すれば、「総論的な研究」と「ある特定の誤用に対する研究」に大別できる。以下、この2種類の研究を順次紹介していく。
① 総論的な研究
この類の研究は日中同形同義語に焦点を絞り、まず日中両言語間の品詞の異同により日中同形同義語を分類し、さらに種類ごとにアンケートや教育現場で採集した誤用例を分析し、そこから誤用パターン(例:自動詞をナ形容詞として誤用しやすいパターン)を取りまとめている。代表的なものとして、石・王(1983)と侯(1997)などが挙げられる。以下、両説の品詞分類の概要を表6と表7にまとめる。
表6 石・王(1983)の品詞対照表(日中同形同義語)
表7 侯(1997)の品詞対照表(日中同形同義語)
石・王(1983)は日中同形語を50語選定し、日本語学習歴が4年~7年の中国人日本語学習者20人に、それぞれの品詞を書かせた。誤用分析の結果、母語干渉が強いことを見出した。そこで、石・王(1983)は中国語の小説とその和訳本から日中両言語で品詞の相違がある日中同形語を107語抽出し、表6に示した7種類に分けた。侯(1997)はまず新聞や雑誌から収集した用例をもとに、日中同形語を表7に示した8種類に分けた。それから、種類ごとに中国人日本語学習者がよく犯す誤用について分析を行った。
石・王(1983)以外では、張(2008,2009)も『日本語能力試験出題基準』(国際交流基金・日本国際教育協会,凡人社,1994)に収録されている4級~1級の語彙から日中同形語を抽出して品詞分類を行ったが、石・王(1983)、侯(1997)と本質的な違いはないので、ここでは触れないことにする。また、誤用状況調査の方法について、張(2008)が用いたのは文法性判断テストであり、張(2009)が用いたのは小規模な「中国人日本語学習者作文コーパス」である。王(2012)では、筆者は先行研究及び日中両国で権威のある国語辞典をもとに、中国人日本語学習者にとって品詞の誤用が生じやすい日中同形語を150語抽出し、誤用タイプ(例:自動詞をナ形容詞として捉える誤用)と誤用パターン(例:〇〇になる(熟練になった)、〇〇な…(矛盾な考え)など)を取りまとめた。また、誤用の原因を分析する際に、意味の分類でよく用いられるS型(同じ/近い)、O型(一部重複。下位分類:O1型(包含関係(日⊃中))、O2型(包含関係(中⊃日))、O3型(交差関係))、D型(異なる)という基準を品詞の分類に取り入れた。熊・玉岡(2014)では、『日本語能力試験出題基準(改訂版)』(国際交流基金・日本国際教育支援協会,凡人社,2007)に収録されている4級~2級の語彙から二字日中同形語を1383語抽出し、日中両言語の品詞の対応関係を分析、分析時に同じくS型、O型(O1型、O2型、O3型)、D型の基準を用いている。
② ある特定の誤用に対する研究
この類の研究は小規模な「中国人日本語学習者作文コパース」や選択式、中文日訳式などのアンケートを用い、ある特定の誤用(例:「喫煙が体に有害する」、「私が恋愛に夢中する」のように非動詞性の語を動名詞として捉える誤用、或いは「農村の発展が停滞される」のような動詞の自他の表し方に関する誤用、中国語において形容詞である日中同形語の品詞誤用など)について、誤用の原因を分析し、誤用防止の対策を立て、教授法の改善に関する提言を行うものである。代表的な研究として、五味・今村・石黒(2006)、庵(2008,2010)、何(2012)などが挙げられる。近年、「中国人日本語学習者作文コーパス」を利用して日中同形語の品詞誤用例を採集する研究が特に多く見られる。
[1] 一部の対照研究の背景は誤用の多発で、目的は誤用防止のため、本研究では、分析の便宜上、それらの研究も誤用研究と見なす。